月が見ていた。


あいつはいつも、あんな遠くから私を見ていた。




鉛筆の音だけがする。
二月ほど吹き荒んでいた風が、今夜、ぴたりと止んでいた。
窓辺に座り、ひたすら式と格闘していた私は、差し込む光だけを頼りに、余白へ鉛筆を走らせている。


すべての事象は示された。
残されるのは、それらの繋がりを、余す所無く、この式の海の中に組み込むだけ。
そして、その世界の中から、自らの求める結果を導けば良い。
答には気づいているけれど、これまでの努力の結果はそこに遠く及ばない。


無駄ではないのだ、と。
そのための、そのために必要な、ただそれだけの意味しか持たせない行為なのだ、と、私は幾度自問しただろう。
何度もだ、と、そう答える声が聞こえる。
今の僕に、疑問の存在は無意味である、とも。


予測はついていた。
既に準備は終わっている。
如何なるすべてのイレギュラーもまた、その思考に取り込んだ。
この行為は、一つの始まりとともに終わるのだ。


鉛筆の音だけがする。
こんなにも集中していて、それなのに、僕の耳はそれ以外の音を捉えようとしない。
耳鳴りがしなくなったのは、何時からだろうか。
心拍が、鼓動が、全く聞こえなくなったのは、どの過程からだろうか。


光が壁際にまで後退した頃、僕は一度、目を閉じた。
その行為に、それほどの意味は無かったけれど、
それは一種のけじめの様なものであって、
ただの気休めにすら、ならなくて。


鉛筆は止まっている。
もう、ここに書くことは無い。
示すべきものは、すべて、完璧なる形を持って示された。
そこから導かれる結果もまた、私には自明であった。


答のみを、必要なる部分のみを新たにノートに記録しよう。
たぶん、十冊にも満たない分量で済む筈だ。
そして、それはすでに仕事ですらない。
これは僕にとって、もう過去となることを意味していた。


凍り付いていた関節を鳴らした後、ふと窓に目を向けた。




あいつが、僕を見下ろしていた。




体中が、内側から膨張するような、そんな感触。




あぁ、そうだ。


これは憎悪だ。


これは嫉妬だ。


これは憐憫だ。


これは焦燥だ。


これは。


これ、は。


こ、れ、は。




太陽では遠すぎる。
そいつに手を伸ばそうにも、
その暑さは僕の痛みですら忘れさせてはくれないだろう。
でも、あいつは違う。
あいつは手を伸ばさなくても、
闇の内に眠ろうとするものを、
さも当然のごとく、守り手のごとく、そして母親のごとく、
その光の中へ抱き込もうとする。




あれは、ただ、見ていただけなのだ!




今、


俺があいつを、


ただそれしか知らないかのごとく見つめるのと同じように!




さぁ、眠りにつこう。
たとえ、その存在が私を手助けするのだとしても、
僕は太陽ですら許すつもりは無いのだ。




早く.、
早く、
早く、その姿を地の果てに沈めるがいい。




もう、はじまりは、そこまで迫っている。





戻るんです。



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