1.挨拶


 すべてには始まりがある。
 僕にも始まりがある。
 そこに戻ることは出来ない。
 でも<ボク>は出来る。
 その違いが何なのか、<ボク>にはまだ計算できていない。


2.決意


 僕のそばにいること。
 僕の世話をすること。
 僕の観察をすること。
 僕と一緒になること。
 <ボク>が決意したと決められていること。


3.感触


 僕の感触をトレースして学習することがある。
 それは僕が生まれて初めて猫を触ったときのことだ。
 ネットから届く猫の情報を処理しながら、<ボク>は僕の手に接続した。
 骨の無い頭を掻き毟っているのと同じ結果だった。
 それが気持ちいいのだ、と<ボク>は学習した。


4.温度


 夏だから、窓を開けないと部屋が暑くなる。
 僕は工作に熱中していてそれに気づいていない。
 <ボク>は気づいているけれど、僕が工作に熱中していて気づかないのだから、何も言わないのが正しいと考える。
 僕はいまだに工作に熱中している。
 <ボク>は何かに熱中したふりをし続けている。


5.不思議


 僕が図書館で勉強している間、<ボク>は『外』に出て『友達』と情報交換する。
 僕と<ボク>の嗜好は同じだから、帰ってきた僕と話をするのに、とても役に立つ。
 今日は昔の小説をいくつかダウンロードして部屋に戻った。
 部屋でそれを読み込みながら、ふと思考が起こった。
 <ボク>達の関連のように、僕達が関連していれば、こんなことはいらないのではないだろうか、と。


6.快哉


『データ解析終了。テスト結果・S+++』
『「よしっ!」』
 同時に発した喝采。
 喜びを表した僕と。
 喜びを著した<ボク>と。


7.散策


「始めまして」
 その漢字をイメージしながら僕も挨拶した。
 ネットでのつながりを現実に再現する試み。
 実験とも、プライベートとも区別のつかない時間。
 <ボク>の見る世界を、僕の目でトレースしているという快感。


8.後悔


 吐き気を催した。
 ちょっとした興味だった。
 <ボク>を動かしているプログラムのオープンソースを覗いた。
 そこにあったのは意味のわからない文字の羅列だった。
 ぼくは理路的ではないという事実を感じ取った瞬間。


9.秘密


 <ボク>と僕の間に知らないことが存在するだろうか?
 約束をすっぽかされて怒る<ナオ>の話の正当性を分析しながら、そんなことを考えた。
 <ボク>の取り入れたデータを僕は知っているし、僕の知った情報はすべて<ボク>のデータベースにダイレクトに転送されている。
 今、この時間、僕も同じ事を考えているのだろう、か。
 それが今だけは秘密だ。


10.矛盾


「なぁ」
『何?』
「もし僕が死んだら、お前は一緒に消えるんだよな」
『データは残るけど、<ボク>の停止は同時だよ。当たり前じゃないか』
 データでしかない<ボク>がそれを語る意味に、ぼくらは気づいている。


11.複眼


『ねぇ、それ何?』
「複眼。昆虫の目だよ」
 子供の頃、僕が見せてくれた昆虫の視界。
 それを通して見た沢山の僕。
 <ボク>のことが薄れるぐらいの神秘がそこにあった。


12.絵葉書


 <ボク>が大量のメールを平行書記している間に、僕は絵葉書を一枚ずつ書き連ねる。
 中学の歴史の選択授業でコレを習った僕は、その年から事あるごとにソレを書くようになった。
 <ボク>もソレを勧められたことがある。
 メールに絵を添付して、誰がソレに意味を感じるだろう?
 そういう事を考えながらも、<ボク>は僕からソレを受け取っている。


13.歓喜


『おい、見ろコレ!』
「どうしたん・・・うおお!」
 それは活動休止中だったアーティストのライヴ情報。
 僕はライブ会場へ飛び、<ボク>は専用のネット会場へ接続した。
 しばらく互いの記憶を組み合わせて作った特製ファイルを何度もリプレイしては悦に浸った。


14.棘


 僕は今更なスパムメールの流行にムカついていた。
 <ボク>も計算の余剰の多さにイライラしていた。
 僕の注文したい商品が、連絡が取れずに売り切れそうで、
 <ボク>のバックアップサイトに、接続が三日も出来なくて、
 この数日間、<ボク>と僕は別人だった。


15.心


 <ボク>達のメンテナンス・サポートをしている会社のホームページに張られた、『パートナー』の義務化に反対する団体の声明文がメーリスで流れてきた。
 すべての『パートナー』達が捨てているという統計報告のメモを解析して、なんとなく、ウイルスを除去した後に文書を開いてみた。
【『パートナー』のプログラムでは、心の定義を理解するのに現実的でない方法をとるしかない】
 心の定義?現実的?
 何度か読み込みと計算を繰り返した後、そのままメールを消去した。


16.安堵


『どうしたのですか?』
 通信が途絶えただけで、<ボク>らは、こんなにも不安になる。
『どこにいるのですか?』
 このようにして<ボク>らは、誰を安堵させるために自分がいるのかを教えられるのだ。
『どうしていないのですか?』


17.奇跡


 僕らが、どのようにして産まれるのか知った日。
 <ボク>らが、どのようにして作られたのか知った日。
 ぼくらに弟ができた日。
 僕は、自分が両親の肉体で作られたという事実が、生命の奇跡であると教えられ、
 <ボク>は、自分が只の文字で作られたという事実が、文明の奇跡であると教えられた。


18.人形


 どうしても好きになれなかった。
 部屋の隅に置き去りにして、
 いのちがないのに、どうしてぼくらをにらむの?
 ぼくらに似て非なる存在の圧迫に、
 ぼくらは慄き、恐怖した。


19.水鏡


 そこにあるのに、触ることすら出来ない。
 ぼくらは、まるで鏡を挟んだ自分自身。
 触れようとすれば、そこから広がる波紋が姿をかき消していく。
 それでもここにいるという事実。
 ぼくらは、どうして、こんなにも対等につくられたのか?


20.欠片


 僕が食器を割った。
 すぐさま片付けようとする<ボク>を制して、僕がそれを片付けていく。
 壊れたものは元に戻らない、と僕は嘆く。
 壊れてしまったのなら捨てればいい、<ボク>は慰める。
 それでも、ほんのひとかけらでも、そのこころに残らんことを。


21.祝詞
 

 さぁ、祝おう。
 僕が生まれたこの日を。
 <ボク>が僕と出会ったこの日を。
 そして祝おう。
 ぼくらの先の未来を。


22.夢


 寝ている僕は、三日に一度、それを見るらしい。
 それを、週一で義務化されたカウンセリングの資料として提出する。
 僕の話を聞きながら、<ボク>が見たことの無いソレを忠実に描画する。
 <ボク>と同じプログラムで出来たカウンセラーは、これに何を見い出すのだろう?
 決められた言葉しかもたない<彼ら>に、それを聞けたことはない。


23.愛撫


 気持ちいい、のだ、そうだ。
 それは「触れる」というのと、どう違うのだろう。
 そう聞かれた僕は、妙な笑みを浮かべた後、成人向けのデータを<ボク>に見せた。
 普段は触らないところを触れ合わせるのが、そんなに気持ちいいのか?
 画面いっぱいに体を動かす人たちを見ながら、禁忌の奥深さに半分だけ関心した。


24.葛藤


 <ノエル>には、現実世界で生活する恋人がいる。
 それは別段、珍しいことではない。
 ただ、その相手が<ノエル>のパートナーとも付き合っているらしいのだ。
 <ノエル>は身を引くべきか悩んでいる。
 <ボク>は、同じ2人とわざわざ付き合っている相手の行動が、理解できなくて困った。


25.長期休暇


 <ボク>の解析の仕事が終わった。
 僕の小説の連載が終わった。
 てなわけで、前々から計画していた休暇をとることにした。
 『「・・・」』
 特に普段と変わらない日々を過ごしてしまった事を、ぼくらは深く反省することにした。


26.教室


 んなもの、ない。
 数十年前に撮られた写真にしかない。
 教育制度が崩壊し、「教育」という言葉も死語になりつつある、この社会にはない。
 ここは図書館、僕の希望に沿って『パートナー』が組んだカリキュラムをもとに個別学習する。
 一斉に前を向いて机に座る子供達の姿が、その歴史の存在と、現在との断絶を教えてくれている。


27.植物


 <ボク>にあって、僕には無い趣味の一つ。
 世話をするのは<ボク>が製作した自立機械。
 水や肥料をやる時間やら植物の成長記録やら日光の当たり具合の調節やら、正直過保護じゃないかと思うぐらいの予定をプログラムされている。
 順調に成長していく植物の動画を、<ボク>はホームページで公開して楽しんでいるらしい。
 この動き回る機械につまづいてコケる僕にとっては、理解したくない道楽だ。


28.石


 目の前に、両親が眠っている。
 ここにくるのはぼくだけだ。
 二人が生きていた頃の記録を見ることは無い。
 ここにきたって、あるのは名前を刻んだ石だけだ。
 ぼくは、何を確認したいのか、いまだにわからぬままだ。


29.約束


 <ボク>を受け入れること。
 <ボク>を僕の家族とすること。
 <ボク>を僕のように育てること。
 <ボク>と共に人生を歩んでいくこと。
 僕が両親の名前と共に教えられ、約束したことになっていること。


30.旅立ち


 すべてには終わりがある。
 僕にも終わりがある。
 そこから先へいくことはできない。
 でも<ボク>には出来るはずだ。
 その違いを知りながら、僕はそれを説明できないでいる。



 戻ります



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